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Ragnarok OnlineやBelleIsleで遊ぶ人のあれやこれ。

fatal mistake

魔法都市ゲフェン。

マジシャンや、マジシャンを志す者の集うこの街で、いささか場違いにも彼は生まれた。
別に先祖代々この街の人間であったわけではない。
流れ者同然の生活をしていた両親が、所属元のギルドより与えられた長期の任務先がこの街だった、それだけの話。
元より物心ついた後も、彼は語られもしない両親の素性など知る由もなかったし、…ただ漠然と父と母の請け負っていた仕事の内容というのは理解していたように思う。



朔の月の夜。決まって両親は幼い彼を残し家を空けた。
両親揃って家を出る事もあれば、父が、あるいは母が、家に残す幼い我が子の寝顔をしばし見つめてから遅れて外出することもあった。


大きな門構えの家などでは決してない。やむにやまれぬ職業上の事情からか、あるいは流れ者にまともな住居などあるはずもなかったのか、路地裏の、そのまた奥の、一見塵溜めにしか見えない壁の死角にひっそりとそれはあった。
しかし暮らすに困ったことはない。食べるに困窮することもなかった。
生活に必要なものは、最低限でも最大限に用意されていたし、幼かった彼が細々と何かを望めば、両親は彼にそれを買い与えた。
それでも親子がそんな暮らしを強いられていたのは、やはり、職業上の理由があったのだろうと判断できる。


深夜に出掛けた両親が戻ってくるのは決まって我が子が目を覚ますよりも前。
一番鶏が高らかに朝を告げるよりも前。
小さな窓から差し込む柔らかな陽の光を浴びて、目覚めた息子がベッドから降りてトコトコと朝のキスをねだりにやってくるのを、彼らは腕を広げて迎えた。
胸の中一杯に抱きしめられた時の鼻腔をくすぐる石鹸の香りが彼は何よりも好きだったが、寝起きにしては違和感の残るその香りが、不自然なほどの鉄の臭いを隠滅した残り香なのだと気づいたのはいつの頃だったか。


彼が昔を懐古するとき、決まって思い出すのは柔らかな朝日と父母の胸の暖かさ。そして石鹸の香と拭いきれない血臭であった。






その懐かしい街に、彼は何年かぶりに戻ってきていた。
幼い頃父母とともに暮らしていた家は既になかった。あの後区画整理でもあったのか、仮初めの路地裏は本物の路地裏へと取って代わり。塵溜めの様相など微塵も感じさせない。
生まれ育った街でありながら、彼とその両親が暮らしていた証など、欠片も残ってなどいやしなかった。
それはそうだろう。彼の両親は極力、自らの痕跡を残さぬよう動いていたのだから。
両親と同じ職に就いた今、彼はそうすることの必要性を充分すぎるほどよく理解していたし、それについて何ら感慨など抱きはしなかった。


父も母も、既に傍には無い。しかしどこかで生きている事は確かだろう。
親に倣うように盗賊家業に身を置き、独り立ちするのを見届けた2人はそれとなくゆっくりと息子と距離を置き、やがては完全に姿を消した。未だ現役であった彼らにとって、成長した息子は邪魔に違いなかったし、そして彼にとってもあれこれと世話を焼いてくれる保護者は既に必要なかった。


両親と同じギルドに属する事になったのちに閲覧を許されたギルド構成員の一覧に見たのは、真新しいインクの滲む字で刻まれた己の名と、…年月を経て鼠色に色褪せながらもその人物の生存を示す懐かしい2つの名。
そしてちらほらと見る事の出来る、己や両親と同じ姓を持つ同業者の存在。
そこにあるのは、紛れもなく。両親の語らなかった一族の実績であった。
いずれ、父母もまた真新しいインクで刻まれた息子の名を探し、…己が父母に対してそうであるように、その名の上に抹消線が引かれぬ事を祈りながら暮らしていくのだろうことを想像するに固くない。


幼い頃には知るはずもなかったそうした過去と因縁を抱き、生まれた街にただ一人舞い戻ったのは殺したはずの心が柄もなくそうさせたのか。
この街を離れた後に訪れたどの都市とも違う趣のあるたたずまいを、記憶にあるままに寸分の狂いもなく再現してみせた風景に、子ども時代に戻ったかのような錯覚を覚えながらも歩を進める。
行き交う人々の顔には一様に時が止まったかのような穏やかさがある。首都プロンテラの人々の間にあるような忙しない雰囲気もここにはない。
己が一人浮いているように思うのは錯覚ではあるまい。こうした中にあって、紛れもなくアサシンである身を隠そうともしない己は、場違いに違いなかった。
しかしいつかは父母と歩いた道を、同じ目線でこうして一人で歩く日が来るとは思いもせず。
こうして感慨に耽る己は未だ、この稼業を手に馴染ませるのはよほど未熟に違いないことを知りながらも。今だけは。





「…あッ…」


胸への微かな衝撃と小さな悲鳴に似た声で、急速に過去から引き戻される。
見れば足下に頽れて俯く若い女の姿。町娘だろうか、長く伸ばした亜麻色の髪がほっそりとしたうなじを覆い隠していた。
買い物の途中だったのか、ふわりと広がったスカートの上には白いエプロンが重ね着されており。手にしていた籠からこぼれ落ちただろう果実を拾い集めるその様を彼はただ見下ろしていた。
他人にぶつかるまで呆けていたらしい己に小さく舌打ちして彼は踵を返そうとする。こうした世界に身を置く人間がこの様では己も長くはあるまいと、自嘲気味に思いながら。…しかしつま先にこつりとぶつかったものに気づいて視線を落とせば林檎が1つ。

「あ、あの、……ごめんなさいっ!…あたし、あたし、ついぼんやりしてしまって」

ぶつかった相手が暗殺業に身を染める者と気づいた女が、萎縮したように震えた声でたどたどしく声を上げる。
彼はそんな声など聞きはしない。ただただ障害物に他ならない、つま先の林檎を避けて足を踏み出し。
…何気なく振り返ったところで、怯えた様子の女と目が合った。

「……は、ハル…ッ…!?」

女の目がみるみるうちに驚愕に見開かれる。
深いグリーンが瞬きもせずに己を射抜いている。
抱え直したはずの籠が女の手から滑り落ち、再び地面にぶちまけられ、ころころと赤や黄の果実が転がり出した。
つい一瞬前まで怯えた様子だったはずのその変わり様と女の口にした己の名に、彼は踏み出そうとした足を止め。怪訝に目を細めた。

「…誰だ」

知らず問いかけた声は自然と殺気を帯びた低いものとなる。
己を知る人間を、己が知らない。…こうしたことが死と隣り合わせの生活を送る自らの命を縮める原因となる事は痛いほどよくわかっていた。

彼は素早く周囲を見回し、未だ地面に座り込んだままの女の腕を乱暴に掴み上げた。血の気を失ったその顔。
己よりも2つか3つ年上かも知れない。
足もとのおぼつかない様子の女を、こぼれた果物も捨て置いて、通りに立ち並ぶ建物の路地へと些か乱暴に引きずり込んだ。

路地とは言え、大通りからすぐ折れたそこは、陽の光も充分で明るい。
改めて女の顔を見下ろしてみれば、既にその表情に怯えはなかった。ただ、穏やかな光を宿すグリーンの目が、見る見る間に潤み、まろやかな頬に透明の滴を零し出すのを止める術を、彼は持たない。
アサシンになったからとて、彼はようやく少年の域を出ようとするかしないかの瀬戸際にある。
見知らぬ女に目の前で泣かれて平常でいられるほど、哀しいかな年を重ねてはいなかった。

「…っ…誰だ…」

掴んだままの腕を解放し、その手を腰に伸ばして短剣を握る。場合によっては女を殺す事も辞さないつもりで。
吐息のような声で同じ問いを繰り返して投げかければ、彼が後ろ手に握るものが短剣であることを知りながらも女は、涙が零れるのに任せて微笑んだ。
女が返答に寄越したのは言葉ではない。ただ静かに細い腕を動けずにいる目の前の少年の背に回し。
それ以上力を込めることもなくそっと抱きしめたのである。
何も知らぬ者が見れば、仲の良い姉と弟に見えただろうか。未だ彼の身長は目の前の女に僅かに届かず。



一瞬の後に、女は背後の壁に背をしたたかに打ち付けられていた。呻く間もなく、彼女は喉を反らす。
顎の下には冷たい刃の感触があった。
目の前には、真碧の目を冷たく細めた暗殺者の姿。抑える事もなく吹き出した殺気を女に叩きつけていた。
喉に小さな熱の感触。日に焼ける事など知らぬような白い細首につっと零れる赤い筋。
薄皮一枚を正確に切り裂いて、彼は更に彼女を無言で威圧する。


女は喉を反らしたまま目を閉じた。
眦にとどまっていた滴が、また一筋、頬を辿る。
こくり、と女の喉が鳴るのが解った。

長いような、短いような、張りつめていた時間が流れ。
かさついた女の唇から掠れた声が漏れる。










「…あなたの、子どもを生みました……」











カラン、と乾いた音を立てて、彼の手から短剣が滑り落ちる。
頭の隅で、己が2度目の失態を犯した事をぼんやりと彼は思った。






















さほど昔のことでもなかったようにその時の事を彼は記憶している。


乾いた砂漠の街モロク。
街のあちらこちらに蟠る些かの汚濁さえ無視することができるならそこは存外住み難くもない、活気溢れた街である。
…が、その裏側は、蔓延る不正取引、決して正規のものであるはずのない各国の機密情報、命の尊厳など何処吹く風の人身売買など、できれば目を背けて見て見ぬふりをしてしまいたいようなものばかりが溢れている。
表裏一体、全く違う2つの顔を持つ街がそこにあるすべてであった。



父母に連れられこの街にやってきてどれほどを数えた頃だったか。
彼らに繋がる道への登竜門であるシーフギルドから正式に加入の許可を受けてからそう経ってはいなかったはず。
その時には既に父も母も、息子の成長を見届けるようにして己からは離れていて。



ああ、そうか、…と懐古した彼は思う。
あの頃の自分は寂しかったのだと。




それまで両親の庇護の元、不自由なく育ってきた子どもにとって、ただ独り放り出された世界はそう優しいものでもなかった。
日々を重ねるたびにわき上がる焦燥。絶えることのないジレンマ。
シーフ仲間に連れられて足を踏み入れた娼館で女を買う事を覚えたのもその頃だっただろう。

幾多の男を見送り、短くない時を過ごしてきた女たちにとって、彼は未だ年端の行かない子どもに過ぎなかったろうに、何を聞くでもなく、語るでもなく。…彼女たちは彼をよく理解していた。
彼女らも彼も、いわばこの街の裏側に生きる者同士であったから。





しかし彼の記憶の中にある、亜麻色の髪に深翠の瞳を持つ少女は、商売女ではなかった。
表の世界で、…明るいその場所で、かろやかに笑う彼女は、もしかしてこの街のもう一つの顔など知ることもないのではないかと思われるほどに無垢で。裏の住人であるはずもない。冒険者でさえなかったはずだ。
どういう経緯で彼女と出逢う事になったのか、彼は覚えていなかった。
彼の中で邂逅など記憶に留めるだけの出来事でさえなかったのだろう。
偶然か必然か表の世界で顔を合わせるようになって幾度目のことだったか。

後になって考えてみれば、それは少女の、彼に対する精一杯の誠意であり愛情であり、勇気であったのだろうが。
未だ恋も知らず愛も知らず、男女の間にある微細な心の変化を理解できるほどに大人でもなかった彼にしてみれば、己を目の前にして小刻みに震える白い肢体も、緊張に強ばらせながらも笑みを取り繕おうとする健気な表情も、…己の身を糧に裏を生きる商売女たちの其れと何一つ変わるものではなかったのだ。



逢瀬は数度あった。
だがある時を境にしてぱたりとそれは絶える。
果たしてそれは自分に理由のあった事なのか、彼女に理由のあった事なのか。
やはりそれも、覚えてはいない。

















「…エリヴィラ」


ようやく記憶の淵から女の名を思い出して呟いてみれば、彼女は、茶器を用意していた手を止めて振り返り、嬉しげに微笑んだ。
その首の傷はうっすらと後を残すのみで数日もすれば消える程度。既に血の痕は拭われて無い。


場所は閑静な住宅地の密集する一画。居をこうして構えているということは彼女…エリヴィラは、今このゲフェンに暮らしているのだろう。
生活臭の色濃い、しかしそこ住む人間の気質を示すように整頓された室内は、殺伐とした世界を生きる彼にはどこか落ち着かなかった。
用意された椅子にではなく、煉瓦の壁を背にして彼は立っていた。
さりげなく周囲を見回せば、身の回り品や調度品などから彼女が一人暮らしでないことは察せられる。
それを示すように先ほど来客に気づいて顔を見せた年かさの女が彼を見るなり顔を青ざめさせて、開いたばかりのドアを閉ざして姿を消した。その無礼を彼女は詫びたが、暗殺稼業に身を置く彼が意に介する事もない。
顔形や容姿には、エリヴィラと多くの共通点が見受けられた。あの年かさの女は彼女の母親だろう。


いつのまにか手際よく用意された茶がテーブルの上でハーブの香りを漂わせながら湯気をあげている。
どうぞ、とエリヴィラは勧めたが彼は一瞥し。無言で首を振るに留めた。
彼女はそれに落胆するでもなく、ただ静かに頷いて奥の部屋へと消えていく。どういった意図を持って彼女が姿を消したのか、それを察した彼は長く溜め込んでいた息を吐き出した。


しばらくして、その奥の部屋から言い争う声が聞こえた。エリヴィラとその母のものだろうか、女二人の声である。
しかしドア一枚を隔てている為か、その声の内容までは聞き取れない。
部屋の外に出ようとする娘をどうにか引き留めようとしている、そんな雰囲気が察せられた。

未だ解決を見ない声の応酬が、しばらく続くかと思われたその時。
ガチャリと乱暴に開け放されたドアに姿を見せたのは母親の方であった。

壁に身体を預けて油断なく目を見張る彼に、母親はその身にあらん限りの憎悪の目を向ける。
悪意でも失意でも恐怖でもない。…はっきりと、憎悪。
血走った目が見る見るうちに涙を湛えた。瞬きされることもなく。無言の怒りを目の前の男に叩きつける。
歯を剥き出しに歪められた口許が震えていた。しかし言葉が発せられる事はない。

そんな負の感情を向けられることに慣れきっていた彼はゆっくりと壁から身体を離す。
ただそれだけの動作で母親は萎縮し竦み上がった。
ぎり、と彼女の歪められた唇に赤が滲んだ。噛みしめられた唇が開かれた時、そこから漏れだしたのは声ではなく、嗚咽。
母親は次から次へとしゃくり出てくる嗚咽を抑える事もなく、さりとて無言のまま、背後に立ちつくす娘を押しのけるようにして再び家の奥へと消えた。




そのすべてを顔色1つ、表情1つ動かすことなく見守った彼の前に、しずしずと現れたのはエリヴィラ。

彼女のその胸に抱かれた幼子の姿を認めた彼は短く息を吸い。

…思わず片手で口許を覆った。




幼子には未だ自我の目覚めは訪れていないだろう。だが既に一人で立ち歩きするくらいはできるのではなかろうか。2歳には届かないだろうが赤ん坊と言うには、しっかりとした目鼻立ちがその性別までもを明確にしていた。

窓から漏れる陽の光を静かに反射して返す銀髪。
目の前の見知らぬ男を興味深そうに見つめてくる、空を映し込んだような深い碧の瞳。



そこで初めて彼は、エリヴィラの母親がああまで昂った本当の理由を悟った。


あれは娘を奪われた母親の怒りではない。
憎むべき男の中に、己の愛する孫娘の面影をはっきりと見て取った女の、血を吐くように激しい慟哭だった。







「キィナ」

幼子の名前だろうか、女の子どもに付けられる名前を、一呼吸の後にエリヴィラは口にした。


「普段はキィと呼んでいるの。とても元気でね。病気1つしないわ」



可愛いでしょう、そう言わんばかりに彼女は、他の誰にもあり得ないような優しい手つきで愛おしそうに娘の髪を撫でた。
キィと呼ばれた幼子は、未だ目の前の珍しい客人が気になるのか、母と彼とを交互に見返し、何かを強請るように母の服の端を握り込む。



口許を抑えたままの震える手を、ようやくのことで下ろす事に成功した彼は、大きく息を吸い。幼子と同じ碧の目を細めて口を開いた。



「エリヴィラ。なぜ生んだ」



低い低いその声の中には、暗に非難の色が含まれている。
しかし彼女は彼のそんな科白をも覚悟していたのか、動じる事もなくまっすぐに見返すのみで。



「生まれる前に、……殺すこともできたはずだ」



わずかに、語尾が震えてしまった事にエリヴィラは気づいただろうか。
彼は心底己の未熟を呪う。叩きつけたい数々の言葉を飲み込んで。幼子から目を背けるようにして床を睨み付けた。



「…ハルク」

投げかけられた問いかけに答える事はせずに、俯いたまま言葉を発する事をやめた彼を見つめ、エリヴィラはその名前を呼んだ。



「生まれてしまったこの子を殺すことは、あなたにはできないのね」




揚げ足を取った形の彼女の言葉に、今度は彼が唇を噛みしめる番だった。
記憶の中にある少女は、こんなにも強い存在だっただろうかと。

思えば初めから彼は負けていたのだ。
請われるがままに、のうのうとこの家に足を運んだ己が悔やまれた。

その腕に幼子は抱かれていなかったけれど、彼女は確かに母親だった。
記憶の中のあの少女に、死を訴える刃の前でも気丈に微笑むだけの強さはなかったはずなのだから。




母親の腕から逃れた幼子が、おぼつかない足取りで父である人のもとへと向かう。
小さなモミジの手を広げ、薄汚れたシーフクロースの端を掴むのにも、逃れる事すらできずに彼は。

今日、幾度となく繰り返した己の大失態の数々を数える事を諦め、深々と溜息をついた。



それは、父の衣に顔を埋めた小さな幼女が、そこかしこに染みついた鉄の臭いに癇癪を引き起こす数秒前の出来事。






テーブルの上では未だ冷めやらぬハーブの香る湯気が、窓から差し込む光の中へとゆるやかに溶けていた。












end.

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