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Ragnarok OnlineやBelleIsleで遊ぶ人のあれやこれ。

private time

「…それで?なんなワケ、あの娘?」




処はゲフェン。
昼をいくらか過ぎ、陽の光もいくらか和らいだ午後。

ごくごく一般的な庶民の宅内である。
居間の丸いテーブルの席について、入れたてのお茶を静かに啜りながら一方的な説教を受ける男は、泣く子も黙る暗殺者の姿をしていた。


普段、容赦ない日中の日差しに晒されているはずの貌は似合わず白く、未だ若人と称しても憚らないこの男をさらに若く印象づけることに一役買っていた。カップの水面をぼんやりと見ている目は蒼く澄んでいたが、戦場に出れば躊躇いもなく飛沫く血潮を映して笑むことだろう。
身につけたマフラーにはそこかしこに古い血の染みが滲んでいたし、使い込まれているだろう短剣の刀身は血脂の曇りもなくよく手入れされていたが、握りは元の色が何色であったのかもわからないくらいに変色している。
それらは少なくとも男がこの稼業に身を置いて短くない事を示していた。

しかし同業者が近くにいたならば、男から香るそれが馴染んだ血臭ではなく、花の石鹸の香りであることに疑問を持っただろうか。血を浴びればさぞ映えるだろう銀髪も、今はフローラルの香りをさせて何色に染まる事もなく午後の光を弾いている。
だが幸いにも彼の纏う不自然なほどの爽やかな香りにツッコミを入れる人物はここにはいない。


彼の目の前にいるのは今年15歳を迎えた少女である。
解けば広く背を覆うだろう銀髪も、今は高くまとめて結い上げられている。
その髪から香るのは、先の暗殺者の男と同じフローラルであったりするが、やはりツッコミを入れるお節介者はいない。
細面の顔には笑みとも怒りともつかない表情が浮かんでいる。
普段はつぶらと言って良いほど大きな瞳も、今は鋭く細められていた。
そして男の向かいに椅子に腰を下ろすでもなく腰に両手をあてがい、歴戦の猛者に違いない殺人者に臆する事もなく平然と向かい合っているのだった。

第三者があれば、この男と少女との間に確かな血のつながりを示す共通点を多く察する事ができるだろう。
少女が男に怯えるはずがない。
ともすれば年の離れた兄妹としか映らないこの2人の間柄は、父と娘であった。





「…もう何度も説明したと記憶しているが」

そう言って男は茶器を置き、目の前に立つ己の娘を見上げる。
しかし、なによ、と言いたげな一瞥を受けるとそそくさと視線をテーブルの隅に逸らした。

「おまえの見たあの娘は、私のギルドマスターだ。…おまえの勘繰るようなことは何もない」

目を逸らした先のテーブルに、バン、叩きつけられた娘の手を見やれば。
肩を竦めてやり場のない目を伏せる。慌ててカップを取り上げて口を付けたのは茶を味わう為ではもちろんなかった。

「…だから、嘘をつくならもっとマシなものを考えたらどうなの、お父さん。どう見たってあの子、私より年下じゃない」

追撃を寄越す娘の科白に、この日何度目かになる溜息をついて男はゆっくりと首を振る。
手に持っていたカップの茶はすっかり冷め切っていた。娘の母親が買い出しに出掛ける直前に男の為に用意したものだったが。

「あの娘は16だ。見かけはどうであれ、おまえよりも年かさにあたる」

冷めた茶を飲み干して逃げ道であったカップを受け皿に下ろすとテーブルの上に両手を組んで少女に向き直った。

「…おまえの不信があの娘の若さにあるのなら今すぐ考えを改めるがいい。…この世界は広い。おまえと同じ年頃の者が上級職に就くことは決して珍しくはないし、ギルドの統率を執っている事についても同様の事が言える。…補足するならば私には、自分の娘ほどの女を相手にするような幼女趣味はない」


「…へぇ」

低く笑みを浮かべて、少女はようやく父親の前の席に腰をかける。
顎を引いて、ひたと父の目を見据えてから頬杖を突き。

「幼女趣味のないはずのお父さん、…お母さんが私を生んだのは今の私と同じ年よ」

「……………。」


痛恨の一撃に叩きのめされた父は沈黙を守った。視線は今度は娘の背後の壁に所在なく逃げている。





もちろん少女は多感な年頃ながら、己の出生の事実も弁えていた。
母が若くして出産に思い立った経緯も知っているし、さらに父がその母よりもいくつも年下であったことも。
彼女は、この年若い父親を密かに誇っていたが、それを口に出すこともない。

「…私とておまえにそう責め立てられる覚えはないが。……おまえは確かに私の娘だが、おまえの母は私の妻ではない」


言い逃れているようで更なる墓穴を掘る父を、しかし意外にも娘は責めることはない。
頬杖をついたまま、じぃ、と見つめると、妙に理解の浮かぶ笑みを示した。


「ストーップ。もういいわ。…ホントはわかっているの、お父さんの言っている事に嘘はないんだって」

ぴ、と娘が指さしたのは男の懐から覗くギルドエンブレム。
未だ真新しいそれを見ながら続ける。

「でも、今まで単独行動を決め込んでいたお父さんがギルドに加入したっていうんだもの。そのマスターが私と年の変わらない女の子だっていうんだもの。……ちょっとやっかみたくなっただけ」


ぷう、と年頃の娘相応に頬を膨らませる様子を目にすれば、父親歴だけは長い男は、娘の心情を正しく悟った。
思わず弛んでしまう頬はどうしようもなく、そうと自覚はないが笑みさえ浮かべて彼は腕を伸ばし、娘らしく丸みを帯びた頬を指先でなぞる。


「心配せずとも、私の子は後にも先にもおまえだけだ。…私の子の母になるのもおまえの母親しかいない」



笑みさえ含んだ父の低い声に、少女は数度瞬いて。くすぐったげに笑うと頬に触れてくる手に頬ずりを返し。石鹸とわずかな鉄の臭いの香る手のひらに唇を掠める。


「嬉しいけど、…でもお父さんはまだ若いわ。お母さんも反対したりはしないと思う。……結婚、しないの?」


言葉もなく、ただ首を振るだけに留める父を見やって少女は、ところどころ皮膚の硬化した彼の手を取って両手で握りしめる。
幾多の命を奪ってきたものに違いはなくとも、それは自分には優しい愛撫だけを与えてくれる手だった。
父の無言の返答は、自分の見知らぬ新たな家庭が築かれる可能性のないことを明言していたが、同様に自分の母親が彼の妻となることもないのだという答えも示している。



「良いんだからね!…私は何も知らない子供じゃないし、お母さんがそうだったように、もう赤ちゃんだって生めるんだから!」


うって変わったように弾む娘の声に、男はぴしりと硬直する。
娘は手のひらから父親に走った一瞬の緊張を知って吹き出すように笑ったが、笑うどころではないのが哀しくも父親であった。
つい先日、まったく同じ科白を己のギルドマスターから聞いた記憶がありありと蘇る。
あの少女の薬指には約束の指輪が輝いていて。彼女はそれを己の命よりも大切だと臆面もなく言い切った。
思わず己の娘の指に視線を走らせたとしても誰にも咎められまい。



「…約束をした男がいるのか」

とりあえず娘の指にそんな存在を示す指輪のないことを確認しながらも、男は低く消え入るような声で問いかける。
どこまで父の内心を理解しているのか、娘はあっけらかんとした様子でころころと笑った。


「まーさか。お父さんたちと一緒にしないで」


その答えに男は心底安堵の息をつく。
仕事続きでほとんどこの家に立ち入る事がなくとも、やはり実子、娘の行く末は心配に違いはなかった。
…しかし。


「でも、籍を入れたい人がいるの」


ぽそりと告げられた一言に、男は今度こそ驚きに目を見開いた。
茶を飲んでいれば盛大に吹いていたことだろう。
男の驚きは、未だ手を握りしめたままの娘にも伝わっただろうに、今度は娘は父親のその狼狽を笑う事はない。
真摯なその目はどこまでも真剣だった。


「私は、その人の籍に入りたい。…お母さんもそれを望んでいるわ。あとは、お父さんが頷いてくれれば、私はその人と一緒になれる」


「………っ…」



早すぎる、とかよく考えろ、とか。そういった忠言が男の脳裏にいくつか浮かび、消えていった。
どれもこれも己の立場では説得力を持たぬものであり、ついには己の若い日の過ちを後悔するに至る。
心衰に顔色を土気色にした男が吐きだした一言はあまりにお粗末だった。



「……キィ、…相手はどんな男だ」


考え抜いた末に問いかけられたその言葉に、名前を呼ばれた少女はまっすぐに父親を射抜く。
握りしめていた手を解放し、軽く片手を掲げると




「こんな男よ、お父さん。……鏡をご覧になったらいかが?」


彼女がまっすぐ指さし示したのは他ならぬ彼自身。
わけもわからず目を白黒させている男に少女は続ける。



「私をお父さんの籍に入れてちょうだい。……私を娘だと認めてくれるなら、あなたの名前を継がせて」


「…しかし、キィ…!」


驚きの表情を浮かべたまま言いつのる父の唇を、身を乗り出した少女が指で触れる。
父が言葉を飲み込むとその指を離し、乗り出した体勢のまま、両腕をテーブルについて彼を見下ろす。


「わかっているの。…お父さんが私を認知はしても、お母さんと結婚しないのはどうしてか。…たとえお母さんを女性として愛していなくても。…そこまで結婚を拒む理由が、お父さんにはそれ以外に他にないわ」


娘を見上げたまま黙り込む男と目を逸らすことなく、少女はひたむきに告げる。


「…怖いのね。私やお母さんに、同じ名を名乗らせることが。……お父さんの家系が暗殺者を多く輩出している一族だから。何かあった時に、ただの一般人でしかない私たちが巻き込まれることが。…怖いんだわ」



男は否定も肯定もなく。片手で額を抑えて溜めていた息をつく。
ただ娘からは視線を逸らしたまま、話を打ち切るように席を立ち、部屋の奥へと足を向ける。
何も言わずに背を向けた父に、娘はテーブルの表面を見つめたまま勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「お父さん、私、ノービスになるから! ……幸い父親に似たのか素早さには自信があるの。強くなるから。……そしたら、認めてくれるよね?」


男がその言葉を耳にして立ち止まることなど構いはしない。
くるりと勢いよく振り返ると少女は父に向かって駆け出し、ばしりとその背中に平手をお見舞いする。
彼の前に回り込むと、少女は満面の笑みで言い放った。


「明日、プロンテラに行くわ。つきあってよね!」


あまりにあけっぴろげで嬉しそうな笑顔に、男は言うべき言葉を失う。
反対の為の言葉と、プロンテラで転職可能な職業のいくつかが瞬時に脳裏を飛来し。

それだけ告げて家の奥へと引っ込んでしまった娘を呆然と見送って男は立ちつくす。
15の娘の平手にしては、背中はずくずくと鈍痛を訴えてくる。恐らく赤く腫れ上がっていることだろう。



「…モンクにでもなる気か…?」








男のぼやきを聞き止めたものは誰もいない。











end.

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